レポートのお題:『ベストセラーの構造』において、当時、最も重要な転換点であったと考えられる作品を、本文中からひとつ選び、文学史以外の観点から理由を述べよ。

 

 

メディアは主体性を獲得する

 

田中康夫『なんとなく、クリスタル』

 『ベストセラーの構造』において中島が一貫して主張しているのは、高度経済成長期からバブル期直前(執筆当時1983年)にかけて劇的に様変わりした「マスコミ」への批判である。当時、高等教育の普及により増加した「知的さのヒエラルキーにおける中流階級」は、「(隣人と)異なっていないことに幸福を覚える」ため、「てっとり早く常識に通じる」ことを欲する。また、彼らはプロの業を自らとは別世界のものと理解するため、「アマチュアの書いた小説」(補記:ここで述べられている「アマチュア」とは、現代の小説投稿サイトや同人誌即売会のみで活動する者ではなく、昨日まではまだ誰にも知られていなかった若き小説家などを指す)や「本業はプロであるタレントの『余技』」としての小説を欲する。こういった欲望に気がついたマスコミは彼らの求めに応じ、自らの役割を「中流階級にいたずらな不安と動揺を与えない」内容を発信するものであると定義する。その結果「マスコミが発達の一途をたどり、マスコミ王国というべき支配体制をつくりあげた」ことによって、マスコミの指示通り、中流階級にとって安心できる/話題性のある小説がミリオンセラーとなっていく。この流れのうちに『教養主義はまったくその生彩を失ってしまった』のだ、と述べている。

 ところで、美術史においては、中島の主張する「教養主義の衰退」とも言える現象が、文学界のそれよりもかなり以前に発生していた。大量生産時代における「大衆ウケする低俗な芸術」(=”キッチュ”)が、これまでの、絵画それ自身の独自性を突き詰めた「『抽象』あるいは『非具象』の芸術」(=”アヴァンギャルド”)を圧倒しはじめており、このことは従来の芸術家あるいは美術評論家にとって由々しき事態である、と述べていたのは、アメリカのクレメント・グリーンバーグである(「アヴァンギャルドとキッチュ」(1939))。第二次世界大戦の敗戦国であった日本は、戦勝国であるアメリカを追うような形で経済発展したため、このような時系列となったのだと思われる。

 作品のトレンドとその根底にある思想の大きな転換というのは、「従来の枠組みの否定」のみでは充足せず、それを踏み台とした「新しい価値観の提示」によって初めて成立する。グリーンバーグの論文が美術史上重要な資料であると認識されているのは、その論文においてキッチュなものとアヴァンギャルドなものとを比較しキッチュを貶す行為が、逆説的に、アヴァンギャルドの閉塞化・形骸化(=価値の喪失)およびキッチュの時代の始まりとなったためであるが、『ベストセラーの構造』において、その「過去の価値喪失と新しい時代の始まり」を決定づけているのは、田中康夫のデビュー作『なんとなく、クリスタル』であると考える。

 教養主義的な小説、およびアヴァンギャルドな絵画に共通しているのは、「過去の文献や作品に触れ抽象的思考の解像度を高めた上で、その歴史の流れの上に、さらに高次で、独自性のある作品を提供する」というライフサイクルである。これは科学者が今日も行っている、「先人が発見してきた物質や現象やその法則、もしくは実証することのできなかった仮説によって構成された大きな山の頂上に、また新たな発見・仮説・証明を積み上げていく」やり方と似ている。「過去から現在、そして未来」という軸の上に自らを附置するため、研究・制作に勤しむのである。

 翻って、アマチュア小説、およびキッチュな絵画には、それを批判する者にとっては、「教養主義的でない」「アヴァンギャルドでない」という意味で、彼らが大切にしている先人たちの山(=歴史)を必要とするが、それ自身は必要としない。むしろ、アマチュア小説、キッチュな絵画というものは、過去から切り離された「現在」を取り込み、映す鏡として存在している。『ベストセラーの構造』で中島はマスコミが知的中流階級の「地ならし」「均一化」に成功した、と述べているが、少なくとも、マスコミが均一化できるのは「現在」の知的中流階級のみなのである。この違いが、作品の底を流れる思想の、転換以前/以後として現れているのである。

 『なんとなく、クリスタル』は、語り手である大学生の由利が、友人や、同棲しているバンドマンの淳一との、満たされてはいるが、どことなく不安定で、ただし大きな変化を望むこともない、当時の裕福でゆるやかな都会生活を描いた作品である。この作品についてまず初めに語られるのは、註の異常なまでの多さである。その数は合計すると442箇所あり、全て筆者の田中康夫によるコメントのような形式となっている。(例:「註20●出席重視の授業 いくら出席を取ったって、そのあと寝ているのなら出ない方がましです。」)『ベストセラーの構造』においても、やはりこの膨大な量の註について語られている。

 この註は、2021年現在において全く古びた、リアリティのないものとして理解される。それは当然のことで、なぜならこの作品は、当時の「現在」を共有している者にのみ開かれた物語だからである。もちろん、『なんとなく、クリスタル』以前にも、その当時を過ぎれば馴染みのない習慣や建物、道具が登場することはあるが、この作品のように、註を使って読者に親しげに話しかけるようなコメントを残したりはしない。この「親しげに読者に話しかけること」こそが、この作品のメッセージなのであって、それは「私(筆者)とあなた(読者)でこの物語を共有しましょうね」という意味なのではないだろうか。

 『ベストセラーの構造』では、繰り返し、知的中流階級としての読者は、自分と近しい、身近な作家像、平易な作品を求めていることを指摘する。この欲求に初めに気がつき行動したのは北杜夫(エッセイ等では”どくとるマンボウ”)遠藤周作(同、”狐狸庵”)であり、その後五木貴之、野坂昭如がそのブラッシュアップを試みつつ追随するのだが、彼らのやり方は常に「自分(筆者)ありき」であった。北および遠藤については、あえてペンネームを新しいものとすることで、「私は今、重厚で読むのに苦労する文章ではなく、軽いタッチの面白い読み物を提供する人物ですよ」と自己紹介しているし、五木、野坂に至っては、積極的にメディアに出ていくことで実際の「自身の近影」を読者の前に晒す。まず、行動する主体である己を形作り、その後で文章を提供するのである。この態度は、転換以前の「先人の山を登り、頂上に新たなひとつを積み上げる私」という価値観から完全には脱出できていおらず、田中康夫の註がこの「私」を主体から降ろし、「ただの」物語を書いた人、に至らしめるまで、その極地に到達できた者はいなかったのである。

 当然、田中康夫自身がその姿をマスコミから隠し通していたというわけではない。彼のプライベートはマスコミの格好のネタでありつづけていたし、知的中流階級はそれを摂取しつづけていた。そのため、重要なのは「筆者が読者から見えづらい存在か否か」ではなく、「知的中流階級である読者にとって心地よい小説を提供する主体が、あえてそれを行っていることを読者に示しているか否か」である。田中康夫より前の作家は「あえて」読者の側に「降りていく」その仕草を様々なやり方で示しているが、田中康夫はそれをしなかった。ただし、小説の註という非常に特殊な役どころにおいて、読者と会話することで、そうと悟られずに読者の隣に座ってみせた。

 これは、2021年の現代においても通ずる「メディアそれ自身が主体性を獲得した瞬間」ではないかと私は考える。それまでメディア(媒体)というのは、その言葉通り、「私」から「あなた」へ何かを伝えるための媒体でしかなかった。しかし『なんとなく、クリスタル』において、その小説自身が読者と語らうことを可能にした。筆者である田中康夫はその後政治家となり小説を発表することはなくなってしまったが、この本を開けば、1980年という時代には確かに存在した、24歳の田中がいる。この田中は『なんとなく、クリスタル』の中に封じ込められた田中であり、現在を生きている田中とは異なった存在なのである。その意味で、この小説は一介のメディアという存在から頭ひとつ抜けた、「発信主体としてのメディア」ということができる。つまり、中島が『ベストセラーの構造』の末尾に記した、「答を出すのはもはや送り手ではない。」の後には「答えは現在の小説の中に備わっている」と続けることができるのかもしれない。

20210620 m.wani

参考文献

・中島梓, ベストセラーの構造, ちくま文庫, 1992年

(初版は講談社, 1983年)

・田中康夫, なんとなく、クリスタル, 河出書房新社, 1980年

・クレメント・グリーンバーグ著, 藤枝晃訳, グリーンバーグ批評選集, 2005年

・松井みどり, アート:”芸術”が終わった後の"アート", 朝日出版社, 2002年

--

ネットの補足とか

グリーンバーグの論文について

なんクリのwiki​