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 わたしはキティちゃんよりシナモロールよりポムポムプリンが好きなのに、お母さんはいつも自分のことしか考えてないから、ドンキの投げ売りでキティちゃんのブランケットとか、グラスとか、時計とか、バスタオルとか、サンダルとか、買ってくる。クーラーをガンガンにかけていたせいで寒っ、と思いながら目を覚ますと、ちょうどお母さんが帰ってきてドンキの黄色い袋をリビングテーブルの上に粗雑に投げ置く姿が視界に映った。

「おかえんなさーい」

 引き戸で隔てられたわたしの部屋からちょっと声を張って言った。お母さんはすこしだけ開いている引き戸の隙間からわたしの姿をみとめると、はいはいただいまとてきとうに返事をした。

「はー暑。ぜんぜん汗引かないわ。シャワー浴びちゃおっと」

 言いながら、お母さんはピンク色のスリッパをパタパタと鳴らしながら浴室へ姿を消す。じゃあドンキなんか寄り道してないでさっさと帰ってくりゃいいのに。思い切り伸びをしてからベッドを降りると、冷えすぎた体と頭がまるで夢の中みたいにふわふわとした。

 八月。八月。物心ついた時から大好きな月だったのに、今じゃ全然どうでもいい。だってわたしは高校を辞めて、永遠に夏休みを過ごすことができるから。学校生活を途中で離脱するってもっとややこしくてめんどくさいことなのかと思ってたけど、やってみたらすっぱりとあっけない。中退してからしばらくの間は来ていたクラスメイトからのLINEも今はしーんとしたもんで、もうわたしがかつて高校生だったことを覚えているのはわたしだけなんじゃないかなって思うほど。一番ウケるのは、わたし自身がそういうことをまるごと全然寂しいとか辛いとか思ってないってところ。別にはぶられてたわけでもないのに仲良くしてた彼彼女らの痕跡がわたしの心のなかにはひとかけらも残ってない。

 冷蔵庫から出した野菜ジュースをコップに注いでダイニングチェアに座る。二人がけの小さなテーブルの上には、さっきお母さんが置いていったドンキの黄色い袋とキーケース、アイコスのチャージャーがそのまま放置されていた。ジュースを一気飲みしてしまうと、チャージャーの中に本体が入っていることを確認してから電源ボタンを押す。白い光がボタンの裏からチカチカと点滅した。

 めんどくさー。

 片膝を抱えてその光をぼんやりと見つめながら、無意識にため息をついた。こんなに待ち望んでた年中夏休みの人生なのに、なんだか体がずっと重たい。やっぱりお父さんが言ってた通り、我慢して学校通ってれば良かったのかな、なんて出口のない悩みが頭をもたげかけたとき、浴室からお母さんの「ボディーソープの詰め替え取ってー」という大きな声が聞こえてきたから、わたしはその悩みを一旦スワイプすることにした。

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